誘拐して寝取り自分の嫁にするレイプ婚…
鹿児島にあった日本の風習(おっとい嫁じょ)が胸糞すぎる…


誘拐して寝取り自分の嫁にするレイプ婚

鹿児島県の大隅半島周辺ではかつて
「おっとい嫁じょ」なる奇習が存在しました。

地元方言でおっとるというのは盗むの意味で
おっとい嫁じょを標準語に直訳すると嫁盗み。

結婚に不同意な女性を強姦して妻にするという
驚くべき風習ということです。

今よりも女性の貞操観念の強かった時代では
強姦された傷物の女性は嫁ぎにくくなるため、
結果として被害女性もその親も渋々、
加害男性との結婚を承諾するということになります。

そして第二次世界大戦後の1959年、
この風習が全国的に知られる事件が発生しました。

おっとい嫁じょの実態

例えばある男女がいたとして
男は女にたいそう惚れていて何度も結婚を申し込みました。

しかし、女の方は男からの告白を断ってしまいます。

それでも女をわがものにしたい……
男はそう考えていました。

「女性を襲い、無理やり行為をすることで傷物にする」

昔の女性はこれをされると嫁ぎ先がなくなってしまうのです。

これは昔の日本の貞操観念が強く、
女性は子供を産まなければ価値がないという考えが
根付いていたことを利用した男性側の卑劣な作戦でした。

おっとい嫁じょが原因で裁判に

昭和34年、実際におっとい嫁じょが行われ、
裁判となっています。

被害者女性が加害者の男性を告発したそうです。

経緯としては加害者の男性が
被害者女性に結婚を申し込むのですが、拒否。

伯父と義兄に相談し、
このおっとい嫁じょの風習を利用しました。

被害者女性をタクシーに男3人で引きずり込み誘拐。

その後無理矢理行為を行いますが、
最終的に警察へとしょっぴかれることに…

この事件が結果として
全国にこの風習が知られることになりました。

裁判では無罪を主張

裁判ではその加害者男性の裁判官は無罪を主張。

その理由はおっとい嫁じょという風習があったため、
本人は違法だということを認識してなかったというものでした。

それを村人たちのほとんどが口々にしていたそうです。

しかし、鹿児島地裁は供述調書からはおっとい嫁じょの反社会性を
認識していたことがうかがわれるとの理由で
懲役3年の実刑を言い渡しました。

実のところ呼び名は別にして、
同様の風習は明治期頃までは鹿児島に限らず、
日本の地方では存在していたが、
時代の進展とともに徐々に廃れていったと言います。

なぜ鹿児島でこの風習が昭和期まで残っていたかは知る由もありませんが
少なくとも、現在でもこの風習で結婚した夫婦の子供は
一部在命している可能性は少なくありません。

今の常識と比べるととんでもない風習ですね。
引用:http://happism.cyzowoman.com/2013/05/post_2446.html

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