歴史上の本当に存在した恐ろしい仕事
どれも辛すぎる…


歴史上の本当に存在した恐ろしい仕事

世の中には数多くの仕事が存在するが、
その仕事に満足している方は少ないのではないでしょうか。

毎朝早起きをして出勤し、そして残業。

衣食住のために、この繰り返しの日々を仕方なくこなしている。
しかし、歴史上では現代では考えられない仕事が数多く存在していました。

今回はそんな歴史上の本当に存在した恐ろしい仕事を紹介します。

墓堀り人(Resurrectionist)

現代では考えられませんが
死体を盗むことでお金を得る仕事です・・・

この仕事は大学の医療研究のために、
死後あまり時間が経っていない死体を墓から掘り返し
引き渡すことで報酬を得る仕事でした。

その死体の価値にも様々な条件があり、
当時では歯並びの良い死体が最も価値があったとか。

この仕事は、単に墓へ行き掘り出すのではなく、
少し離れた場所から穴を掘りトンネルを作って運び出していました。

これは、遺体が紛失したり盗まれることによる
重い罪を避けるために行われていた方法だと言われています。

鞭打たれ少年(Whipping Boy)

現代でも虐待という言葉はよく耳にするが、
人間の虐待心はこのような歴史が始まりなのかもしれない・・・

近代のイギリスでは若年の王子の遊び相手として、
Whipping Boy(ウィッピングボーイ)という役が存在しました。

ウィッピングボーイの役目は
王子が何かしらの悪さをした時に身代わりとなるというものでした。

この役目の真意は王子が再び悪さをしないための発想からきているようです。

そのため、王子とウィッピングボーイの間には強い絆があり、
そのウィッピングボーイが体罰を受けることで
同情を覚えさせていたと言われています。

しかし、いくら国の顔である王子のために
他人を犠牲にするという考え方には納得できませんね。

エジプトのミイラ化請負人

古代エジプトでは有名な話ですが
ミイラというものが存在しました。

しかし、ミイラ化するためには人工的な処置を施す必要があり、
ミイラ化請負人という専門的な仕事があったそうです。

ミイラ化は内臓を取り出し、洗浄し、
そして脳みそを掻き出すという
残酷かつ悲しい工程が必要でした。

この工程には少なくとも数週間、
長ければ数か月にも及ぶこともあったそうです。

この仕事は死体を扱うという点から、
社会に敬遠されるようになり次第に衰退していきました。

罪食い人

罪食い人という仕事は
19世紀に伝統的に行われていた儀式のようなものです。

死んだ人間の魂を清めるために行われていました。
しかし、その実態は残酷でこの仕事に雇われる多くの人間は
貧困層やのけ者扱いされてきた方ばかりでした。

仕事内容はその人間の罪を引き受けて天国に送り出すことや、
死体のそばで飲食したりしていたそうです。

現代日本でも亡くなった方と一夜を共にするなんてことはありますが、
この仕事は身内でもない他人のために雇われていました。

さらに言うとそれを仕事として行っていたことが
非常に考えさせられる点でもあります。

支払われる報酬は少なかったようです。

なめし革業者(ターナー)

革製品を作る際に必要な動物の革をなめし・保存する仕事です。

一見、当たり前のような仕事に聞こえますが、
この仕事の辛い点は仕事環境にあります。

動物の皮膚を尿に浸し腐ってしまう前に皮を引きはがします

そして、引きはがした革を柔らかくするため、
犬の排泄物が混ざった水に漬け込む必要がありました。

したがって、
常に悪臭が漂う環境で仕事をしていたのです。

革製品というのは昔から需要もあり、
ファッション業界では欠かせない素材。

その点ターナーはとても重要な仕事のはずが
世間からは蔑まれていました。

骨拾い屋(Bone Grubber)

この仕事は精肉店やゴミ捨て場、家畜収容所などから
骨を拾い集め問屋に売る仕事です。

拾われた骨は様々な物品を作るために
素材として使われていたそうです。

これを仕事とする人々は「ぼろきれと骨男」と呼ばれ、
下水道や側溝から骨を探さなければならない時もありました。

生活するためにこのような仕事を
請け負っている方が多かったため適当なことは言えませんが、
生きるって何なんでしょう。

ヒル収集(Leech Collector)

19世紀、ヒルは医療目的において大きな需要がありました。

ヒル収集の仕事は
毎日のようにヒルの生息地である湿地帯に出向き
とにかく多くのヒルを捕獲する仕事です。

ヒルは動物の血を吸って生きているため、ヒルを捕獲する際、
足にまとわりつくことはざらで非常に危険な仕事でした。

しかし、その危険とは裏腹に
お金の代わりに食べ物を与えられたりと報酬形態は残酷でした。

それでもこの仕事をせざるを得ない状況を考えると、
「生きるとは何か」という議論をしたくなります。

砲手の助手

戦争という言葉は現在でも様々な議論を巻き起こしています。

昔、特にアメリカ南北戦争では
大砲に弾を詰める作業を人間がやっていました

砲手の助手はこれが役目の仕事です。

昔の大砲は弾を飛ばすために、
導火線に火をつけ爆発させて飛ばしていましたが、
砲手の助手はこの工程をすべて任されていました。

導火線に火をつけその場からすぐに離れられれば良いものの、
事故はつきものだったそうです。

大きなけがを負うことは頻繁に起こっており、
最悪の場合には死亡なんてこともありました。

理髪外科医

中世の理髪店では外科手術も行っていたそうです。

そこは恐ろしく、現代の理髪店とはかけ離れた
気味の悪い場所だと考えられていた場所なのです。

外科医はヘアカットとは別に切断手術や浣腸、
採血などを行っていましたが、
すべて麻酔なしで行っていました。

さらに、その手術器具も当時はのこぎりのようなものを使用。

のこぎりで麻酔をせずに
切断されていたことを想像すると鳥肌が立ちますね。

手術の間、患者は当然叫び狂っていたそうです。

王様の便器係

数世紀の間、王様がトイレで用を足すとき、
下半身をぬぐうため便器係という仕事がありました。

この仕事は現代人には理解できませんが、
当時は王様のお尻をきれいに拭き上げるという行為
尊敬されていたと言われています。

また、お尻を服だけでなく、
王様の排泄物を確認し健康管理もしていたそうです。

ある意味辛い仕事ですね。

現代では到底考えられない仕事ばかりでしたが、
当時は今よりも貧富の差が激しく、
食べていくために生活をする方が多かったのでしょう。

しかし、それで経済が回っていたと考えると、
当時のお役人たちは何をしていたのでしょうか。

世の中には辛いと思う仕事が山ほどあります。
しかし、歴史上には様々な仕事がありました。

今のように福利厚生なんてまず整っていませんし、
我々は本当に幸せな時代に生まれてきたのかもしれませんね!

あなたにオススメの記事

⇒ 19世紀の見世物小屋で働いてた人達…トラウマになりそう(閲覧注意)…