子どもが子どもを殺すメアリー・ベル事件…
世界が震撼した事件の闇は深かった…


メアリー・ベル事件とは

メアリー・ベル事件は1968年5月から7月にかけて
イギリスで11歳(初犯は10歳)の少女メアリー・ベルが
3歳と4歳の男児を殺害した事件です。

1人目の被害者

1968年5月、空き家で子どもの遺体が発見されました。

遺体は近くに住む4才の男児マーティン・ブラウンのものでした。

口から血の混じった唾液が付着している以外、
服も綺麗で争った形跡も外傷もなく、
遺体の近くに空になった薬瓶が転がっていたことから、
警察はマーティンが誤って大量の薬を飲んだと断定し、
事故死として処理される事になります。

メアリーは、マーティンの事故死から数週間後に
託児所の備品などを壊し、警察に対して挑発的なメモを残しました。

「私 殺す だからまた来る」

「くそったれ 私たち 殺す
気を付けろ みっともないウジ虫」

「私たちがマーティン・ブラウンを殺した
くそったれ ゲス野郎」

「気を付けろよ 殺しがあるぞ
みっともないウジ虫ばあさんより マヌケ」

メモはマーティンが事故ではなく殺人であった事をほのめかす内容でしたが、
警察はこれを悪質なイタズラとして処理しました。

メアリーに対して捜査の目が及んでいなかったので、
この事件で逮捕されることはなくマーティンの葬式にも参列して、
棺に横たわる死体とも面会したそうです。

2人目の被害者

マーティン殺害の2ヶ月後に、メアリーは
13歳のノーマ・ベル(苗字が同じだが血縁関係はない)という
少女を犯罪へ誘い込みました。

そしてメアリーとノーマは、
3歳のブライアン・ハウという男児を誘拐して、
首を絞めて殺害します。

さらに、男の子の腹部にハサミで「M」と刻み、
性器の皮を剥ぐという残虐な行動を起こしたのです。

側にはハサミが置いてあり、片方の刃は折れ、
もう片方の刃は曲がっていました。

メアリー逮捕

首を絞める力が弱く、傷が極端に浅かった事など、
この事件には、通常の殺人とは明らかに違う特徴がありました。

これらの状況証拠から、警察は犯人は子供である可能性があると推測し、
周辺の子供たちに一斉に聞き込みを行いました。

メアリーは事情聴取でマーティンの殺害現場である
少年を見たと証言しますが、
この時に歯の折れたハサミの話など犯人しか知り得ない事を話してしまい、
メアリーは殺人容疑で逮捕されました。

また、事故死と断定されていたマーティンの殺害に関しても告白しました。

メアリーは尋問を受けている間も、
終始ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていて、
自分が犯した殺人の詳細を恐ろしいほど饒舌に詳しく語り、
取り調べを行った警察官を戦慄させるほどでした。

2件の殺人で有罪判決を受けたメアリーは矯正施設に送られました。

メアリーの恐ろしい言動

最初の犠牲者であるマーティンの母親にメアリーは殺害後、

「マーティンがいなくなって寂しい?」

「マーティンの事を思って泣く?」

「おばさんはマーティンを恋しがってる?」

などとニヤニヤしながら尋ねたそうです。

追い討ちを掛けるようにメアリーはマーティンを見せてよと母親に尋ねました。
母親はメアリーに対しマーティンは死んでしまったのよと告げると

「知ってるわ、私は棺に入ったマーティンを見たいの」

とまたニヤニヤしながら答えたそうです。

拘留所でも監視を担当していた婦人警官に

「殺人はそんなに悪い事じゃないもの、人はいつか死ぬのよ」
「私はやり返せない小さいものを痛めつけるのが好きなの」

と話していたそうです。

メアリーの生い立ち

メアリーはとても特殊な環境で育ちました。
母親は売春をして生計を立てており、
父親の存在はなかったそうです。

そして母親がスリを生業とする男と結婚するとメアリーは

「あなたはいらない子供だった」
「何度も殺してやろうと思った」

と、母親に何度も言われるようになったのです。

そんな環境の中でもメアリーは生き抜いてきたのですが、
11歳になるとかなり大人っぽい印象になり、
年相応に見られることがなかったといいます。

メアリーは母親の顧客に何度も売られ、
4歳からすでに性的虐待を受けていました。

こんな生い立ちのせいなのか、
メアリーは他の同年代の女の子と比べるとかなり早く思春期を迎え、
自分にも周りにも攻撃的な性格になってしまったそうです。

異常としか言いようがない言動の数々で
事件後も全く反省の色はなく
その後、メアリーは1980年に出所しています。

出所後は職を転々としながら名前を変え、
大学にも通いつつも中退して母の元に戻りました。

出所後、職を転々としたメアリーは
そのころに知り合った男性と関係を持ち妊娠しました。

もっとも出所といってもまだ仮釈放で裁判所の監督下にいたのですが、
赤ん坊には罪はないということで
育児は許可され彼女は一児の母になったのです。

現在の日本でも殺人犯への風当たりはきついものですが、
それはどの時代、どの国でも変わりがありません。

小さな村に腰を落ち着け、
その村の男性と恋に落ちたメアリ―・ベルでしたが、
周囲に彼女が元殺人犯の少女であったことを知られてしまい
「人殺しは出ていけ!」という大掛かりなデモにまで発展します。

そもそも彼女がなぜ前歴を知られてしまったのかというと
メアリ―・ベルの母親が原因でした。

母親はアルコール中毒で亡くなるまで
殺人犯である娘のメアリーを金づるとして扱い、
メアリーの写真や画像をマスコミに売り続けていたのです。

政府が彼女の事件に対して情報規制を行っていたにも関わらず、
メアリーの私生活や出所後の生活はほぼ丸裸であり
彼女が名前をいくら変えても知ろうと思えば
すぐ知れるようにされていたのでした。

メアリーの現在

現在メアリー・ベルは60歳を超え、
孫もいてイギリスで今も密やかに暮らしています。

現在は本などの執筆も行っており
「ギッタ・セレニー」という名前で自伝以外も本を出しており、
過去の自分の心の闇について深く考えているのではないでしょうか。

このイギリスで起きた11歳の子供の殺人事件、
サイコパスへの目覚めは現在の日本でも他人事ではありません。

イギリスだから昔だからではなく
メアリ―・ベルの起こした事件は深く児童虐待などの環境が
作り出したとされています。

現在日本でも児童虐待は問題視されており、
いつ第二第三のメアリ―・ベルが生まれるかはわからないのです。

再びメアリ―・ベルを生み出さないために
子供たちに対して深い愛情を注がなくてはなりません。

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