第二次世界大戦のノルマンディ上陸作戦のすべて…史上最大の作戦は緻密に練られた作戦だった…

第二次世界大戦のノルマンディ上陸作戦のすべて
史上最大の作戦は緻密に練られた作戦だった…



第二次世界大戦の転機にもなったノルマンディ上陸作戦は、
数十万人規模の兵士が動因された「史上最大の作戦」と言われており、
映画化もされています。

その規模は途方もないような規模であり、
イギリスのほぼ全ての艦船、
アメリカの国力をあげての上陸作戦となりました。

今回はそんなノルマンディ上陸作戦について紹介します。

第二次世界大戦のノルマンディ上陸作戦とは

ノルマンディー上陸作戦は第2次世界大戦中の1944年6月6日、
アメリカ軍を主体とする連合軍がナチスドイツに占領されていたフランス北西部の
ノルマンディーの海岸から上陸したものです。

ノルマンディーはフランスのイギリスから近い半島に位置しています。

艦艇5300隻,航空機1万4000機,兵員17万6000人が投入され,
最終的に300万人近い兵員がドーバー海峡を渡ってフランスコタンタン半島のノルマンディーに上陸した、
現在に至るまで史上最大規模の上陸作戦です。

ノルマンディー上陸作戦はなぜ行われたか

ノルマンディー上陸作戦はソ連のスターリンの
「ソ連だけに戦わせるんじゃなくて西側からも攻めてよ」
という強い要請によるものと言われています。

そういう面はあると思いますが、
しかし米国にとってより積極的な理由があると考えられています。

ドイツは当然のこと、ベネルクス三国、
さらにフランスも共産党政権になる可能性があります。

したがって戦後の世界を考えた場合、
欧州の半分を米兵の血で贖おう
ルーズベルト大統領たちが考えたとしても不思議ではありません。

実は、これと逆の現象がアジアでも起きています。
米英はソ連の参戦を要請した。
その一方で、米国主導の終戦を目指した。

両者ともに自分たちだけで戦うのは負担が重すぎる。
その一方で新たに作戦したり参戦する側は
相手の思惑とは別に自らの利益のために参戦するのです。

ノルマンディ上陸作戦は緻密に計算された計画だった

ノルマンディ上陸作戦は作戦の立案にに1年以上の歳月をかけており、
緻密に練られた計画で実行されました。
あまりに細かい計画だったので現実に実行できない計画も沢山ありました

作戦当時、イギリス海峡の制海権、制空権は連合軍側が掌握しており、
大船団はほとんど抵抗を受けることなく上陸地点に向かった。

また、連合軍はノルマンディーより東のドーバー海峡沿岸に
ドイツ軍の注意を向けさせる陽動作戦を展開していたほか
ドイツ軍情報部が上陸作戦開始の情報を掴んでいながら
それが現地部隊に届いておらず、ドイツ側の応戦体制は整っていなかった

計画の段階で海からの上陸が3個師団、空挺部隊が2個旅団要求された。
モントゴメリーはすぐに初期攻撃の規模を
海からの攻撃を5個師団、空からを3個師団増加させた。

合計で47個師団の投入が承認された。
内訳はイギリス軍、カナダ軍、自由ヨーロッパ軍
26個師団にアメリカ軍21個師団である。

ノルマンディー上陸作戦で連合軍は
上陸地点の背後に大規模な空挺部隊を送り込みました。

写真は英軍グライダー部隊の兵士らが出撃前、
機体に落書きをしているところ。

「海峡はお前たちを通さなかったかもしれないが、俺たちは別だぜ」

などと書かれている。

ドイツ軍は1940年にフランスを占領後、
英国へ侵攻する「アシカ作戦」を企図したが、
英仏両国を隔てる海峡上の制空権を握れず、作戦実行を断念した。

ノルマンディー上陸作戦で連合軍空挺部隊はパラシュートで降下したほか、
グライダーによる強行着陸も敢行した。

グライダーは車両や火砲などの重量物資を積載できる上
無音で飛行するので敵に見つかりにくいというメリットがある。

しかし、母機から切り離された後は滑空するだけなので
着陸に適した地点に降りられるとは限らず
着地に失敗して搭乗していた兵士にも多くの死傷者が出た

ノルマンディ上陸作戦の写真

■上陸用舟艇の兵士

非常に小型で弱い上陸用舟艇に乗っている兵士たち。
兵士を大量に輸送する為のもので攻撃には非常に弱い簡易なものです。

■上陸を開始する兵士

ノルマンディー上陸作戦においては
多くの場所で戦闘がほとんど行われずに上陸できたとされています。

■歩いて上陸する兵士たち

ドイツ軍の反撃が大きくないところでは
兵士が浜辺の近くまで寄って上陸する事ができましたが、
反撃が大きい所では上陸艇が砲撃を避ける為に相当手前で兵士が放出されました。

■海岸近くまで接近する兵士

上陸艇によっては海岸のかなり近くまで接近できた船もあった事が分かります。

■桟橋

ノルマンディー上陸作戦ではフランス国内に大量の物資を輸送するために、
写真のように桟橋が作られて、大量の物資が陸揚げされました。

最終的には350万人に至る兵員とそれに伴う
おびただしい量の武器弾薬車両その他の物資がイギリスに集積されることになる。
それを収容するためにブリテン島は全土が一大補給基地と化した

ノルマンディ上陸作戦の負の部分

米兵たちはノルマンディーの人々から性のアバンチュールを求めてやってきた、
セックスに飢えた荒くれ者と見られていた。

これは地元ノルマンディーではよく知られていることのようです。
そして、オハマビーチは地獄と化していきました

オマハビーチの戦闘は生卵を壁にぶつけるようなものと言われています。
徹底した空爆と艦砲射撃でも破壊され尽くさずに残った要塞群からの機関銃掃射が
生身の米兵をなぎ倒すシーンは映画でおなじみです。

しかし、これは想定外ではなく事前に十分偵察されており、
強靱な要塞線が完成した場所としていない場所があることを連合軍は知っていた。

また、海岸の要塞に対して、上陸用舟艇で生身の攻撃をかけることは
米兵の命を消耗することも知られていた。

上陸用舟艇のタラップが降りた瞬間、
その狭い開口部は搭乗員を敵のMG42の集中砲火に晒す事となった。

ドイツ軍の射線に上陸しようとした部隊は惨憺たる被害を被ったが、
逆に銃砲陣地の狭間や煙幕が展開されたポイントに
上陸した部隊は幸運にも殆ど損害無く海岸に拠点を確立できた。

オハマ・ビーチは兵団が上陸するのに適した地形であったので
ドイツ軍の守りも厚くなっており、
連合国側で大きな被害を出しながらの上陸となりました。

各地でドイツ軍との戦闘がありましたが、
連合国側は制空権・制海権を背景とした膨大な物資の陸揚げに成功して、
フランスで占領地域を拡大させていきました。

なので、戦史や戦略の本では
情報と戦訓を過小評価した首脳部の過ちであると主張する本もある。

本当に連合軍の将軍たちは愚かだったのだろうか。
共同作戦につきものの、米英の主導権争いの結果だろうか。

ノルマンディー上陸作戦で流された血の本当の意味はなんだろうか。

ノルマンディーの意味を考えることは、
映画が伝えない戦争の現実を俯瞰的に理解することでもあるかもしれません。

ノルマンディー上陸作戦のドキュメンタリー動画

ネットでの反応

・海外のドキュメンタリーってほんとクオリティ高いよな。

・兵士の皆さま、連合軍、ドイツ軍全ての闘われた方へ。ご冥福をお祈りいたします。

・ドイツが凄いとしか思えないね。
歴史的に見ても大国を相手に2回も戦争をしてる。
現代は経済大国としてヨーロッパで覇権を牛耳ってるし・・・。

・戦争はなんて醜いんだ。戦争によって亡くなられた全ての人のご冥福をお祈りいたします。
そして二度と戦争が起きないことを祈ります

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