自ら裸体になって撮影する女性フォトグラファー…
クレイジーすぎると話題に…


自ら裸体になって撮影する女性フォトグラファー

クレイジーと言われてしまいそうな表現活動を続けるのは
フォトグラファーのヨシダナギさん(29歳)。

独学で写真を学び、
2009年からアフリカでの撮影をスタート。

現在に至るまで様々な秘境や僻地で活動を続けています。

少数民族と「同じ格好」になって写真を撮るという、
独特の撮影スタイルで注目を集めているナギさん。

なぜ現在の表現活動の場としてアフリカを選んでいるのかというと

小さい頃に抱いていた「アフリカ人になりたい」という夢は
かなわないことに気がついちゃったんですが、
やっぱりそれが初期衝動ですね。

それで実際に行ってみたらアジアとか他のエリアでは起きないような
ハプニングが多くて、その刺激に病みつきになりました(笑)。

だそうで2009年なので23歳のときで
エジプトとエチオピアに行きました。

エチオピアには少数民族がたくさんいると聞いて、
一度にたくさんの少数民族に会いたいなと思って行ったそうです。

普通にそこら辺にいるアフリカの人たちは
ケラケラ陽気に笑っていてパワフルで、
私が想像していたアフリカ人そのものでしたが、
いざアフリカの少数民族に会ってみたら、
思っていたのとは全く違うものでした。

少数民族の人たちはものすごくビジネスライクで
凄くガッカリしたというか、もどかしかったです。

ちゃっちゃと写真を撮って早く帰れ、みたいな。

私はもっと触れ合いたいなと思っていたので
彼らの笑顔が見れなかったことが残念でした。

脱ぐというスタイルはなぜ生まれたのか

初めて少数民族に会いに行ったときは脱いでいないんです。
このスタイルを始めたのは2012年。

3回目のアフリカ渡航のとき
カメルーンの山岳地帯に暮らすコマ族の村で初めて脱ぎました。

脱ぎたいとはずっと思っていたんですけど、
英語が全くしゃべれなくて意思を伝えられなかったんです。

あと性格もシャイだったので。

言葉も言い出すタイミングもわからなかったので
2回目の旅までは言えませんでした。

3回目はある程度意思疎通ができるレベルの
語学力を身につけたので挑んでみました。

それと彼らを相手に現場で
「よし、脱いでやれ!」となった経緯を教えて下さい。

勉強は嫌いなんで1回もしてないです(笑)。

現地でその都度英語を覚えていって
ワードが揃ったという感じです。

日本にいるときから
「もし次、どこかで裸に近い格好をしている民族に会った時は脱いでみよう」
と心に決めていて、それがたまたまコマ族だったんです。

現場には日本人は私ひとりでしたが、
通訳が英語→フランス語が1人と、
フランス語→コマ族の言語通訳が1人。

計2人通訳がいました。

「脱ぎたいんだけど」と言ったら
「お前、正気か?」と1回止められて。

「本気だから彼らに伝えて」とフランス語の通訳に
言ってもらったら「本気か? やめとけ」と、
コマ族の言語の通訳にまた止められて。

で、「いいから頼んでくれ!」と
コマ族に伝えてもらったら「脱いでいいよ」
ということになって、
コマ族のおばちゃん達に囲まれて服を脱ぎました。


パンツまで脱いだらコマ族の歓迎の舞が始まった

通訳2人はぶったまげてました。
「お前クレイジーか? 一体、何を言ってるんだ?」って。

少数民族の人たちも、まさか私がパンツまで
脱ぐと思ってなかったみたいで、
私がパンツを脱ごうとするたびに
「パンツは脱がなくていい!」って手をはたかれて。

中途半端だし、パンツの柄を見られるのも恥ずかしいから
何度も「脱ぐ!」って言っているのに「脱ぐな!」って言われるんです。
パンツの柄を見られる方がむしろ恥ずかしいと(笑)。

そのとき私すごくファニーなパンツを履いていたので恥ずかしくて(笑)。

でもコマ族はパンツを脱がしてくれなくて。
だから大声で「パンツ脱ぎたい!」って通訳に聞こえる声で叫んで、
彼らにその意思を伝えてもらって
「じゃあ脱いでみな」となってパンツを脱いだら……

コマ族の歓迎の舞が始まったんです。

コマ族の女性はみんな上半身裸でパンツも履いていないんです。

女性の裸は見慣れているはずなのに現地では白人扱いの日本人女性が
脱いだということに驚いたんでしょうね。

歓迎の舞が始まったということは向こうにとっても衝撃的だったんですね。
「白人はどこかで肌の黒い自分たちのことを見下している」
というイメージがあるみたいで。

歓迎の舞はおばちゃん達だけじゃなく全員が踊ってくれて、
長老からは「5番目の奥さんにならないか」
ってアプローチをされました(笑)。「潔い女は好きだ」って。

長老派年齢わからないけど60歳は超えていたかな。
かわいいおじいちゃんでした。

ヨシダさんがアフリカに拘る理由

やっぱりアフリカ人ってカッコいいんです。

私にとっては常にハリウッドスターに囲まれているような感じです。

そんな憧れている人に
「アイツすげえよな」って言われたら
嬉しいじゃないですか。彼らの特別になりたい。

彼らの魅力を伝える第一人者になりたいんです。

特に少数民族と呼ばれる人たちは
直ぐに険しい顔をするので表情を引き出すには
心を開いてもらわないと無理なんですよ。

だからこの手法は大事かなと。

服を着ている人からは驚かれたり、
引かれたりしますけど、
少数民族の人たちからは年齢性別関係なくウケます。

服を着ている人はちょっとエッチな目で見てきますね。
それか「コイツ、ぶっ飛んでるな」みたいな。

「もともと誇り高いアフリカ人の裸族の末裔なのになんで脱がないの?」

って聞きますね。そうすると
「お前のほうが俺らよりもアフリカ人だ」って、
絶対に言われますけど(笑)。

日本にいると戦争、貧困、エイズとネガティブなことばかり伝わってきますが、
彼らの大半はそういう認識が全くないんですよ。

自分たちが貧乏だとも思っていないし、
今の生活で満足しているし、
自分たちが幸せだと思っているんです。

私たちが想像している
「かわいそうな人たち」って、
特に少数民族の中にはほぼ居ないんですよ。

だから彼らは自分たちにネガティブな
イメージがついていることをすごく悲しんでいて
「私たちは幸せなのに何でそういう風に言われているの?
私たちの本当の姿と意見を伝えてほしい」
と、毎回彼らから頼まれるんです。

最初は普通にアフリカ人のポートレートを撮っていたのですが、
それだけだと沢山の人に見てもらえないんですよ。

「いい表情してるね」って言われるくらいで。
一緒に裸になって撮った後の写真はやはり
彼らの率先した協力や私への共感のある写真なので迫力が違うんです。

そのようないい写真を撮る過程で
彼らと一緒に脱いだ写真もきっかけとなり、
写真を見てくれた人たちが
「アフリカって凄いじゃん。カッコいい人たちがイッパイいるじゃん!」と
繋がっていったので、この手法はありかなと思っています。

入口が裸の写真だったとしても自分が撮ったカッコいいリアルな
アフリカの人たちを見てもらえるキッカケとなるのであれば嬉しいですね。


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