嫁が妊娠したと嫁父から聞かされた…
しかし、俺の子ではなかった…その後、俺と嫁は…


嫁が妊娠したと嫁父から聞かされた…

俺が家に帰るとテーブルの上には妻からのメモが置かれていた。

「しばらく実家に帰ります」

これがすべての始まりだった。

妻の携帯に電話をしても出てくれないので
メールを送ってみると大変な事が起きた。

「気持ちの整理がつくまで待ってほしい」

という妻からの返事だった。

妻の実家も都内にあるので今度の週末にそっちに行くとメールをしたら、
翌々日の遅い時間になって妻ではなく妻の父が1人で俺の元にやってきた。

どうやら会社の帰りのようでとても深刻な顔をしていた。

俺は「なんでしょうか?」と聞くと義父はこういった。

義父:「 本当に申し訳ないと言い、娘が妊娠した。
娘が言うには、それは貴方の子ではないと。 」

どうやら、妻は実家に帰る前に生理がこなかったので
産婦人科に行って確認をしたそうです。

義父:「貴方とは避妊していたので多分、
貴方の子供ではないと娘は言ってる。 」

俺が

「それじゃ誰の子か?」

と問いただしたのだが、
何も答えてはくれない。きっと、誰かと浮気でもしたのだろう。

そうじゃなきゃ、妊娠するわけがないのだ。

義父:「貴方の子供でなければ実家に逃げ帰ることもないはず。私も妻も大変なショックだった。 こんなふしだらな娘だとは思いも寄らなかった。 」

何度相手のことを聞いても、白状してくれないそうだ。
義父がうちに来ることは妻には言っていないという。

さらに義父はこう続けた。

義父:「娘に堕胎を進めたが、産みたいと言って聞かない。
自分の娘とは思えない。 一体、どうするつもりか?
お詫びのしようもないがこんな娘だから
貴方と離婚させるしかないと考えて今日は伺った。
手塩をかけて育てた一人娘を非難せざるを得ない
義父の心情を考えると何も言えなかった。 」

体を小さくした義父の態度と血の気を失ったような顔を見れば
事実を告げているのが分かった。

この時、俺は28歳で照射に努めており、
資源関係の仕事だったので、年に何回も海外に行っていた。

妻とは同期入社をしており、
初めて会ったときに「この人だ!」とピンときたのだ。

妻もこの人と結婚するかもしれないと思ったそうで、
すぐに俺たちは付き合い始めた。

入社してすぐに結婚するわけにはいかなかったので
2年ほど婚約期間を置いて結婚をしました。

そんな結婚からまだ3年も経たない頃だった。
義父が帰ってからもまったく頭が回らない。

浮気をして妊娠をしたとは離婚は避けられないだろう。

妻の妊娠ということと
離婚という文字が頭に浮かんで俺はたじろいでいた。

しかし、妻が浮気をしていたとか
裏切られたという事にショックは受けていなかった。

その後、俺と嫁は

次の週末に、妻が家に戻ってきた。
しかし、玄関から中に入ろうとしない。

化粧もしていない、目が落ちくぼんでいる・・・

ただ、妻は想像を絶するような重圧を受けていると感じた。

妻は「あなたを裏切った事は
本当にごめんなさい」という言葉を口にした。

妻は妊娠したとわかり、
ビックリして後先考えずに実家に逃げ帰ってしまったそうだ。

妻:「妊娠したという事実が
こんなにも重たくのしかかってくるとは思わなかった。
どうしても私には堕ろせないという。
堕ろすことを考えると死にたくなる。貴方の子供なら良かったのに。 」

そんな妻の顔を見ていると怒る気にもなれなかった。
僕の子供ではないのか?と聞くと違うと言われた。

立ち話をすることではないのでソファに座ってもらい、
俺がコーヒーを入れたのを覚えている。

妻は両親には話さなかったが、
俺には本当のことを話すと言った。

浮気相手は・・・

簡単に言えば大学のゼミの指導教官だった准教授が、
妻の浮気相手だということ。

妻はゼミ時代にこの准教授と1年くらい付き合っていたそうだ。

その当時、准教授は40代前半で結婚をして子どもが2人いたそうで、
卒業してからは関係が切れたし、会う事はないと思っていたとか。

しかし、ゼミ仲間から准教授が別の大学の教授になるので
お祝いをしようと誘われたのだった。

全員が出席をするのに自分だけが不参加とは言えなかったそうだ。

俺は、妻からお祝いの飲みについて聞いていた。
それは確か、2か月前のことだった。

飲み会が終わって解散してから、
准教授に誘われた妻。二人とも酔っていた。

何度も断ったそうだが、
俺が海外出張中だったので気が緩んでしまったそうです。

最終的に断り切れずに
これを最後にすると約束して、ついていってしまったとか。

そして、終わってから准教授が
避妊をしていなかったことに気が付いた。そして妊娠をした。

その日、妻とずっと会話をしていた。
妻は産みたいと言っており、堕胎しろとは言えなかった。

しかし、准教授には話をするべきだとせっとくをした。

妻は、准教授が離婚をして
自分と一緒になるつもりはないだろうと言っている。

妻:「貴方とは別れたくないが、
浮気も妊娠も許されることではないので別れるしかない。
子供は産たい。当分の間、義母の助けを借りて一人で育てる。 」

なんとも悲壮な決意だと思った。

「戸籍上、父親のいない子供になる」と俺が言うと、
「それだけは子供に対して申し訳ない」と言って、声を出して泣いていた。

会話は堂々巡りになってしまい、俺は途方に暮れていた。

夜になって、妻が実家に帰るというのを俺は止めた。
このまま帰したら、結論が出てしまうだろうと思ったからだ。

妻は、俺の腕の中で震えながら、
そのうち寝息を立てて寝始めていた。

その寝顔を見ていると、とても安らかなものだった。
俺は一睡もせずに、何度も何度も考えた。

俺はどうしたらいいのか?

そして、翌朝になり、妻の入れたコーヒーを飲みながら、
考え抜いた俺の気持ちを妻に伝えた。

俺:「君とは別れない。
子供は自分たち夫婦の子供として育てる。
昨夜の寝顔を見ていると、君が一人で背負っている重圧を
とても放置できないと思った。 君が不憫だ。
僕はどんなことがあっても君を支えたい。
君も僕といることが最も安心できるはずだ。
多分、うまく言えないが君を愛している。 」

妻はずっと俺を見て、ワーッと泣き出した。

しかし、泣きながら

「本当に貴方の申し出を受け入れて良いのか分からない。」

といった。

「こんな自分を許してくれるのか」

と、妻はいった。

俺は

「この気持ちは何なのかをずっと考え続けた」

と妻に言った。

俺:「君が守ろうとしている生命。
たまたま宿った生命を奪うことが良いことか?
そう考えると許すとか許さないとかは念頭に浮かばなかった。
君は過去は消せないというが、子供を産みたいと言う君の気持ちの方が尊い。
多分、君が子供を堕ろすと言えば違う判断になったと思う。
仮に離婚したって君は誰かと再婚することだってあり得る。
僕だって再婚するかも知れない。
それなら、一時の過ちで離婚しなくてもいい。
2人で乗り越えればいい。僕を信じろ。」

そういって、俺は妻を力いっぱいに抱きしめた。

そしてその日のうちに
2人で妻の実家に行って俺の結論を伝えた。

妻の子供を産みたいという意思を尊重し、
夫婦で子育てをすると伝えると義両親はビックリしていた。

そして義父は

「君は本当に自分の子供として育てられるのか」

と聞いてきた。

俺は「自分の子供が生まれたとしても分け隔てなく育てることを約束できる。
この結論に至って今の心境はむしろ清清しいくらいです」と答えた。

これは俺の本心だった。義両親は涙を流していた。

義父が

「至らぬ娘を許してほしい」

と言ったので、俺は

「妻のすべてを受け入れました」

と答えた。

妻の過ちは聞いているが
それを誰かに言うつもりはないし、
相手にも接触するつもりはないと俺は宣言した。

これは妻との約束だった。
義父は

「生まれた子供が自分の子ではないと伝えるか」

と聞いてきた。

これは1番難しい質問だった・・・
俺は

「必要に迫られれば伝えるが、 基本は伝えないつもりです」

と答えた。

その年のうちに、妻は無事出産を終えた。
生まれてきたのは女の子だった。
妻の頑張りをみていたら、俺は貧血になって倒れてしまった。

看護師さんはそういうことはよくあると言っていた。
赤ちゃんはとても可愛い、俺に似ていると言っている人もいた。
驚いたものの、嬉しいと思っていたのも事実だ。

しかし、3か月くらい経つと
目鼻立ちが妻に似てきたので俺は内心でホッとしていた。

その後、俺と妻の間には男の子2人ができ、5人家族となった。
子育ては大変だが、子どもたちは個性を持ち始めており、
毎日成長を見るのが楽しみだ。

娘に至っては、本当に俺の子供じゃないのか?と思えるくらいだ。
3人とも、このまま立派に成長してもらいたい。

妻は今でも自責の念が抜けていないようだ。

たまにそんな表情を見せるのだが、口にすることはない。

3人の子供が一緒に遊んでいる姿を見ると、
誰の子どもかなんて些細な事はどうでもよくなる。

これが俺の家族なんだ。

10年経った今、俺の判断は正しかったと思っている。

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