江戸時代にたくましい一人の男が突然妊娠した…
社会的制裁の恐ろしさが話題に…
曲亭馬琴(きょくていばきん)は
江戸時代後期に活躍した日本最初のベストセラー作家といわれています。
代表作には『椿説弓張月』や『南総里見八犬伝』などがありますが、
その中から『兎園小説余録』という悲しい物語を紹介します。
兎園小説余録とは
「兎園会」は1826年に会が断絶しましたが、
それでも曲亭馬琴は異聞を集め続けて『兎園小説余録』を執筆しました。
そしてこの『兎園小説余録』には骨太でがっしりとした男がある日、
突然出産したという驚愕の内容が描かれているのです。
28歳前後の吉五郎
当時28歳前後の吉五郎は当時江戸麹町13丁目にあったという
人気の蕎麦屋で働いていました。
吉五郎は背中に金太郎の彫り物を入れ、
手や足にも彫り物を入れていた屈強の男で
その迫力は凄まじいものがあったと記されています。
ところが、いつのまにか巷では
この吉五郎が「偽男子」という噂に。
それは夏でも腰掛けをして頑なに胸を見せようとしない
吉五郎の姿を怪しく思った町人の仕業でした。
吉五郎はもともと新宿四谷にある客を
遊女宿に紹介する茶屋で働いていましたが、
蕎麦屋で働くようになってからも他の男性に引けを取らない働きぶりでした。
吉五郎は、噂に興味を持った四谷の博打打ちの男に
無理やり襲われてしまったのです。
それから数ヶ月後、蕎麦屋の主人はありえない光景を目にしたのです。
吉五郎が突然妊娠・出産
ある日、蕎麦屋の居間から苦しそうな吉五郎の声を聞きつけた主人が
駆けつけると1人で出産している吉五郎の姿が目に飛び込んできたのです。
この後、「男が子供を産んだ」という噂は瞬く間に広がり、
蕎麦屋の主人は吉五郎を解雇せざるをえない状況に。
生まれた子供も主人が引き取って育てることになりました。
世間からの好奇の目に晒され、
仕事まで失った吉五郎にさらなる悲劇が襲いかかります。
なんと吉五郎はなんの悪事を働いたわけでもないのに
「普通とは違う」というだけで
「世間を惑わす不届きもの」という理由で投獄されてしまったのです。
もともと吉五郎は京の都で女として結婚したものの
夫を殺して江戸に逃げてきたという噂も記されていました。
こうした情報からおそらく吉五郎は
「性同一性障害」だったのではないでしょうか。
社会的制裁
この物語から当時の日本で性別に違和感を持っていた人たちが受けた
社会的制裁の恐ろしさを窺い知ることができます。
投獄後の吉五郎の情報はほぼありませんが、
我が子には一生会いに行けなかったようです。
2003年に性同一性障害で悩む人が戸籍上の性別を変更できる
「性同一性障害者の性別の取り扱いに関する法律」が施行されました。
しかし法律が施行されても人々の偏見は今でも根強く残っています。
江戸時代が終焉して150年以上経った今でも
吉五郎のような性同一性障害を持った方は
好奇の目に晒されて苦しんでいます。
そのような方々が少しでも生きやすい社会になるよう
私たちも理解を深めるべきではないでしょうか。