史上最も残酷な伯爵夫人…
残虐な行為に手を染めた理由が恐ろしい…



あまりにも残酷な犯罪を犯して、
今でもその悪名が歴史的に残されている犯罪者は、数人存在します。

例えば、イギリスの切り裂きジャックや
映画「羊たちの沈黙」でモデルになったテッド・バンディなど。

そして、忘れてはいけない人物が、この女性。
エリザベート・バートリー。

エリザベートは1560年にハンガリーに生まれました。
彼女は成長したのち「血の伯爵夫人」として恐れられる存在に。

なんと何百人もの少女を裸にして、
拷問した上に殺害していたというのです。

史上最も残酷な伯爵夫人

エリザベートは15歳でフィレンツ・ナーダシュディ伯爵の元へ嫁ぎました。

この結婚は政略結婚だったのですが、
これに不満を抱いていたエリザベートは伯爵が1604年にオスマン帝国との戦いで戦死しても
特に悲しむ様子を見せなかったそうです。

伯爵が亡くなったことでエリザベートは
莫大な財産とナーダシュディ城を手にしました。

エリザベートは近隣農村に住む少女たちと城内での仕事を約束しておびき寄せて
その後殺害していたのではないかと言われています。

そしてその行為は領内にとどまらず、
ついには召使いや下級貴族の娘にまで及んだそうです。

城内で行われる残虐な行為は次第に噂になっていき
地元のルター派の牧師による告発をきっかけに
地元住民は城内へなだれ込みました。

そして、エリザベートを拘束したのです。
彼女の残虐さは裁判で次々と明らかになっていきました。

城に仕えていた召使いの証言によると
わかっているだけでも80人近くの少女を拷問して死なせていました。

少女たちは裸にされて拘束された上に棒や鞭で殴られたり、刃物で切り裂かれたり、
つま先や歯茎に針を刺されるといったような拷問を受けていたのです。

さらには性器や指を切断されたり、
雪の中に裸で立たせて冷水を浴びせるといった行為まで‥。

被害者は証言で分かっているだけで80名ほどでしたが、
実は650名ほどの少女が犠牲になったという噂もあります。

残虐な行為に手を染めた理由

エリザベートがこのような残虐な行為に手を染めた理由として噂になったのは
エリザベートは永遠の若さを手に入れるために
被害者の少女たちの血で入浴したり、
さらには彼女たちの血を飲んでいたということでした。

当時はエリザベートが殺害した650名もの女性の名前を記した日記帳が存在するとされていましたが、
この証拠は発見されませんでした。

ですが、エリザベートに下された判決は有罪。
エリザベートの共犯者たちは火あぶりの刑に処されました。

エリザベートは窓もなく、
食料を差し入れる隙間があるだけの牢屋に幽閉されました。

そして、幽閉されて4年後の1614年に亡くなったそうです。
しかし、この説とは別の説も噂になっています。

実は陰謀だった!?

エリザベートは当時政治的に非常に重要な土地を所有していたそうです。

そのため「陰謀によって、ハメられたのではないか」という説も浮上しているのだとか。

未だに真相は解明されていませんが
どんな理由があったとしても人を殺してもいいなんてありえませんよね。

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