カンニング竹山さんが亡き相方・中島さんへ送った最後の言葉…
涙腺崩壊だと話題に…



カンニング竹山はもともと「カンニング」という
コンビ名で漫才を披露していました。

相方は中島忠幸さんでカンニング中島と名乗っていたのです。

小学校の同級生同士だった竹山隆範と中島忠幸が組んだお笑いコンビ。
福岡から上京後に再会し、平成4年に結成。

下積みを経て15年から「エンタの神様」をはじめ数々のバラエティーで人気を集めた。
大ブレーク寸前といわれた17年12月、中島さんが倒れ、
翌年1月に「急性リンパ球性白血病」を公表し、
治療のため休業。相方の死後、竹山は芸名をカンニング竹山とした。

そんなカンニング中島は2006年12月20日、
白血病のため35歳の若さでこの世を去りました。

その後、相方の竹山はカンニング竹山としてピンで活動してきました。

そのため、最近の若い人の中には、
竹山さんがもともと「カンニング」というお笑いコンビを
組んでいたことを知らない人が結構いるそうです。

カンニング竹山は今でも相方だった中島さんの法要を欠かさず行っているそうです。

中島さんが闘病中ギャラを折半していた

これは竹山自身が進んで語っていることではなく、
美談としても公表するつもりはありませんが、
相方の中島が闘病の為、芸人活動休業を余儀なくされていた時、
竹山はギャラを「カンニング」の仕事ととして中島さんへ折半していたそうです。

そんなところに二人の絆の深さ、コンビ愛を感じますね。

相方・中島さんへ送った最後の言葉

カンニング竹山が中島忠幸さんの告別式で読んだ弔辞が今でも泣けます。

「カンニング竹山が贈った相方への最後の罵声」の全文です。

おい良かったな!みんなお前

みんな見に来てよるよ、お前なんかさ、マスコミとかも、

すごいぞ なんか昔全然 こんなんじゃなかったのに

凄いことになっとる!

おまえに 昔お前に辞めようって話したときに

でもなんか こう芸能界の前に爪跡だけ

残して辞めようって話しして

爪跡どころじゃなくなっとるよ!

何か色々なあ 俺とお前の何か感動秘話みたいに

なっていっぱい流されよるけども

俺はお前がもう何て言いよるかもうわかるわ

「気持ち悪いなあ」ってお前 笑いよると思うんよ

俺もそう思っとるよ

俺はお前と なあ二人でコンビ組んで

ずっとね こうやって 漫才とかやれて お笑い芸人になって

やれたことが本当に幸せやった ありがとう

もういつ そっちに往くか、もうわからんけども

俺がまたそっちに往ったらまたやろうや

いいかお前な、待っとけ

ありがとう じゃあな

いつもと同んなじように別れるぞ

じゃあな

カンニング竹山さんの義理と友情の深さに感銘を受けます。

引用:https://twitter.com/takeyama0330/status/943282324388569088

カンニング竹山さんのキレ芸は一人になっても破壊力十分です。
相方の中島さんが背中を押してくれているのかもしれませんね。

ネットでの反応

・コンビ時代の竹山のキレ方は半端なかった…
もう話がとんでもない方向に行って
相方もマジでキレたり…面白かったけどな

・竹山は普段は常識人なんだろうね

・芸能人の弔辞って泣かせるものが多いね

あなたにオススメの記事

⇒ 山口智子が子供を作らない理由…秘められた強い信念に勇気づけられる…