美白ブームを巻き起こした
美白の女王・鈴木その子の死因や息子の秘密が流出



1990年代後半に美白の女王として一世を風靡した
鈴木その子さん(享年68歳)。

鈴木その子さんと言えば
美白の女王、ダイエットの教祖などと親しまれていました。

印象的なのがこれでもかというくらいに白塗りされているお顔。
今回はそんな鈴木その子さん

鈴木その子さんのプロフィール

名前:鈴木その子(すずき そのこ)
本名:鈴木 荘能子(読み同じ)
生年月日:1932年1月20日
出身地:東京都
職業:美容研究家、料理研究家

1990年代後半に厚塗りの白化粧に美白ライトを当てて
バラエティ番組を中心に活躍し
多くのダイエットや美容に関する指導をしてきた彼女にはファンも多く、
料理研究家、美容研究家として活躍しました。

また、ブレイクしたその時既に60歳を過ぎていましたが

ブレイク前は高校を卒業されて
1953年に結婚をして一男一女を持つ平凡な主婦だったそうです。

若い頃は厚化粧じゃなかったようです。

その後、実父さんが亡くなり、譲り受けた遺産で
美容健康食品会社「株式会社トキノ」を設立。

会員制で鈴木その子式の健康食品を売る会社として成長したことや
1980年には「やせたい人は食べなさい」と言う著書がミリオンセラーしたこと
また、白米食を中心としたダイエット法の提唱者として
会社経営の他に各地で講演活動などもしていました。

美白化粧品なども販売や美容研究家としての活動も開始し、
ホテルニュージャパンなどの経営者として知られた
横井英樹氏の田園調布の豪邸を13億6000万円で購入するなどして
強烈なインパクトの美白顔の事業家として注目されていました。

当時の「トキノ」の年商は91億円もあったそうです。
(現在はトキノは株式会社SONOKOになっています)

さらに、ゴージャス過ぎる豪邸がテレビでもよく紹介され、
世間を驚かせていました。

人気絶頂だった鈴木その子さんでしたが、
2000年にいきなり亡くなられたと報道されました。

鈴木その子の死因

2000年12月5日に亡くなられた鈴木その子さん。

死因は肺炎だったそうです。

同年9月ごろから風邪を引き
治らないままずっと2~3時間の睡眠で仕事をこなしていました。

10月には初めてパリコレにも出展し、激務が重なったせいか
帰国後はさらに体調が悪化し、車いすで移動しながら仕事を続ける生活だったそうです。

11月23日の「笑っていいとも!」では
収録中はしっかりしているようにみえたそうですが、
楽屋では支えがなければ立ち上がれない状態だったとか・・・

その後、年末の仕事に備えて、
体調回復のために2週間の予定で極秘に入院し、
その直後の容体の急変されたそうです。

鈴木その子さんが残した遺産

鈴木その子さんが残した相続税対象の遺産が約88億円だそうで、
ほかに東京・田園調布など数カ所に土地を所有しており、
財産は長女のまゆみさんが引き継いだそうです。

また、鈴木その子さんには息子さんもいましたが、
事故で亡くなっています。

鈴木その子さんの息子

実は鈴木その子さんの息子さんは20歳で無理なダイエットをされ、
拒食症になってしまい、
それが原因でマンション5階のベランダで脳貧血を起こし、
転落して亡くなられたそうなんです・・・

極端な食べないダイエットの結果、
体力が著しく落ちての事故でした。

しかも鈴木その子さんに「いってらっしゃい」と
手を振った後だったとのことで
鈴木その子さんの悲しみは計り知れないものがあったでしょうね・・・

奇しくも実母・末野は美食による肥満から生活習慣病(動脈硬化)となり、没していました。
誤った食事が原因で、最愛の人を失ってしまった。
自分が勇気をふるい起こしていれば…
激しい後悔が鈴木その子さんを突き動かしました。

幼い頃から料理と健康の関係を無意識に考え続け、
母の闘病中も研究を進めていた「鈴木式(現SONOKO式)食事療法」を完成させて、
一人でも多くの人に知ってもらい、生命を救っていこう。
「食の理論」の伝道者になろう。

息子の死を乗り越えた鈴木その子さんは新たな一歩を踏み出します。

■鈴木式(現SONOKO式)食事療法

1.朝昼晩、三食それぞれご飯を1~2杯ずつ食べる。
(自分のカラダに聞いてください、腹八分目)

2.おかずは、高タンパク・高脂肪の料理を避ける。

3.海藻・小魚・煮野菜をしっかり摂る。

いつもおっとり明るいイメージだった鈴木その子さん。
波乱の人生もあったんですね。

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